都市への介入
What is...  
インターベンションとインフィル
欧米のアーバンデザインの世界ではもはや定着したが、まだ我が国ではあまりなじみのない概念に「アーバン・インターベンション」と「アーバン・インフィル」がある。前者は主に「都市への介入」と訳され、後者については、まだ我が国で都市用語として正式に使われた例を見ない。端的に定義すれば、前者は「既存の都市のコンテクストに、何らか強力なインパクトを期待しながら建築や仮設物を挿入する行為とその概念」を意味し、後者は「既存の都市のコンテクストを読み、そこに欠落したものを補充し回復する目的で建築や仮設物を挿入する行為とその手法」を指すものである。
いずれの場合にも共通に言える点は、これらが確固たる都市構造を脈々たる歴史の中で継承し続けてきた西欧文化を背景とした概念である事である。特に、「インターベンション」を最初に声高に主張しだしたのはピーター・スミッソン達のような1950〜60年代のイギリス前衛建築家達であった。彼らはそれまでの建築がしてきたように、建物が既存の確固たる都市構造(ファブリック)をオマージュすることでそこに埋もれたり、あるいは単なる美しいオブジェとして建つのではなく、アー一トとも連関し現実性をもってより積極的に、かつ攻撃的に近代都市の構成要素として社会に働きかけるべきであると主張したのである。*1そこには相当の覚1吾と思い入れが感じられた。なぜなら、今でも西欧の街を歩けばわかるように、よほど力強い表現を行わない限り、既存の街の持つ圧倒的な歴史的コンテクストに近代建築が対抗する事が不可能牟と思われるからである。言いかえるならば、西欧の都市はゲシュタルト心理学で言うところの「地」としての役割を各々の建築がいまだに責任を持って果たしており、その中である建物や仮設物が「図」として存在感を保ち得るためには相当のデザイン的力量が問われるということに他ならない。
一方、「インフィル」の方は、主として再開発手法の一つとして、「スクラップアンドビルド」に対する反省の中から生まれてきた最近の考え方である。時間とコストのかかる広域面開発により都市の記憶を完全に抹消するよりも、局所的再開発により既存の都市構造(ファブリック)を連続したものとして捕らえ直すことの方がより重要であることに皆が気づきはじめたというわけである。特に米国では失われたストリートエッジを回復するためのインフィルプロジェクトやインフィルハウジングという形で使われる例が多く、ハーバード大学の授業でも熱心に議論が繰り返されている。これは都市において一度ほころんでしまった「地」の連続性を時問をかけて回復させる行為とも見ることができる。重要な点は、「インターベンション」も「インフィル」もその概念や手法が既存のしっかりした都市コンテクストに対するカウンターアクションであることである。両者の関係については、「都市への介入」を行う行為としてまず「インターベンション」の概念があり、それを実践する幾つかの具体的手法の一つとして「インフィル」があると考えると理解しやすい。
さて、我々の住む日本はどうであったか。今や伝説となってしまったが、1960年代の高度成長期からバブル時代に向け、イコンの表出を建築家達が競いあってきた結果、それこそおもちゃ箱をひっくり返したような都市が日本のあちこちにできてしまった。白色ノイズとも呼び得る記号の氾濫は、元来アジアの一部である我が国が都市環境的美意識に欠けていた事の証左であるが、近代以降、西欧のように守るべき確固たる都市秩序を育てなかった事、そして特に、発展途上国によく見られる経済優先的価値観を守り続けてきた事がその重要な一因となっていることは問違いない。建築の意匠性についてはレッセフェール的な無政府状態が今でも続いており、欧米に比べて建築家達は都市に建物をデザインすることに対する緊張感も少なく、反省も無くひたすら自分の設計した建物が「図」となる事を夢見る状態が続いている。そして「差異」に裏打ちされた「図一の集積は必然的にカオス的「地」に転化されてしまうという運命を辿るのである。*2
確固たる都市構造(ファブリック)が日本の現代都市に存在しない以上、厳密な意味での「インフィル」は今後日本では成立し難い。しかし、敷地レベルでのインフィルにより近隣に徐々にインパクトを与えて行く手法はこれからますます有益となるであろう。同様に、「インターベンション」についても、西欧と同じ1960年代型方法論としてはもはや成立し得ないだろう。しかし、現在我々が抱える絶望的なカオス的都市環境に将来的ビジョンを与えるという意味において、「インターベンション」の概念は今、また重要な意味を持ち始めているに違いない。主として単体を扱う我々個人の建築家が都市に責任を持って積極的に働きかけることのできる方法はこれ意外に見つからないからである。

「アジア的カオス」VS「無計画性」
果たして、アジア的カオスは西欧的都市秩序より劣っているのだろうか。一般的にいって、明らかにアジアの人々は我々も含めて、仮設的に「場」を形成することに長けてはいても、都市的秩序に対する意識は希薄である。そして、アジアのバナキュラーな都市景観が西欧的美意識からすると煩雑としか目に映らないのはある程度仕方がない。*3一般に自然発生的に誕生することの多かったアジアの集落は、それはそれで美しい秩序を保っていたし、ある程度の規模までは成長拡大のルールを持っていたに違いないが、近代を迎え、爆発的に増大する都市人口に対応する手だてを持つことができなかった。そのような都市は遅かれ早かれ、西欧の近代都市計画理論を採用せざるを得なかったのである。その証拠に、現在まで破綻なく拡大発展した都市の多くは、ラッチェンスを始めとした西欧の建築家による洗礼を多かれ少なかれ受けていたことがわかる。多くのアジアの都市がカオス的状況をみせながら破綻をきたさないのは、近代以前の長い期間に培われた秩序の体系を底流に抱えているからに違いない。今、アジアの都市と西欧の都市の優劣を論じることは余り意味があることではない。問題にすべきは多くの国々に散見される「無計画性」であろう。
現代日本のかかえるカオス的都市環境の元凶にこの「無計画性」がある。例えば、東京をとりあげてみよう。古い江戸の地図を広げてみれば明白なように、二、三百年前の江戸は幾つかの「界わい」に分節され、各々のコミュニティーには景観や建物に適切なスケールが与えられ、富士山や束京湾を鑑賞する枠組みまで考えられていた。その後の近代都市政策が全て「無計画」であったとは言わないが、少なくともそうした秩序は破壊され続け、第二次大戦を経て、1964年の東京オリンピック開催時にそのピークを迎える。国家的プロジェクトの御旗のもとに醜い高速道路は縦横無尽に都内上空を走り、かつての日本橋は橋裏の闇へと葬り去られたのであった。その後、都市景観については、レッセフェール的な放任主義が現在もなお続いている。「無計画性」はそれ自体は何でも受容し得るフレキシビリティーを保有する代わりに、何ら創造的な論理を産む仕組みではなく単なる、要素の集積でしかない。特に、個々の建築のレベルからメトロポリス全体に至るまでの段階がノンヒエラルキカルな要素の集合であるから、我々そこに住む者にとっては大変不幸な環境と言わざるを得ないのである。
このような絶望的都市環境に一体「インターベンション」は有効なのか。どの様に働きかけてゆけば、将来的ビジョンを与えることができるのであろうか。我が国では、60・70年代を通じて優れた都市計画の理論や実験が、丹下健三を始めとした建築家達により提案されたが、いずれも発展拡大を前提とした都市のビジョンであった。これから低成長の成熟市民社会を迎えようとする我々にとってはそうしたメガロマニアックなイメージよりも、よりダウンサイジングされた都市のビジョンが真剣に必要とされている。にもかかわらず、残念ながらわが国では現段階においてそのはっきりしたフレームワークすら持ち得てはいない。いま恐らく我々が抱える最も重要な都市的課題はそれを示せないでいる事にあるのではないだろうか。*4

「電縁」都市と「界わい」
来るべき成熟市民社会を前にして情報化時代は果たして人間を幸せにしただろうか。電子技術の発達により、個人を通過する情報量はここ数年で爆発的に増加した。Eメールやインターネットを中心とした電気的コミュニケーションによるライフスタイルは、いまや都市のあり方を変えようとしている。昔は住む場所を基盤にした「地縁」が成り立ち、その後高度成長期、バブル期を通じて職場を中心とした「職縁」が取りざたされた。これからはいわば「電縁」の時代である。大学の講義やレポートなど知的データベースは今後ますますインターネットかCD-ROM化してゆくであろうし、企業情報も殆ど在宅にて引き出すことが可能となるだろう。殆どのコミュニケーションがインビジブルになる都市には、もっと泥臭い「からみ」の世界だけが取り残されるのではないか。都心の大学ではゼミナールやワークショップ、実験・演習など教員と学生が共体験する「からみ一の場が残り、企業ではフォーマル、インフォーマルな会合や展示会のような都市イベントのみが集約されることになろう。一方、サラリーマンが単に寝に帰っていた郊外の住宅は、在宅勤務が可能な「理想住居(Ideal Villa)」に転化し、多くの人々が自然と戯れるゆとりを見つけられるかもしれない。
さて、極めて「身体性」が低いと思われているヴァーチャルな「電縁」都市は更に非人間的な都市環境の生産へと突き進むのであろうか。逆説的だがそれは否定可能だ。なぜなら「電縁」の一方のメリットにより人々は余暇を更に得ることができ、自宅や都市周辺を俳個する機会を多く持つようになる。そのためにも逆に「身体性」に満ちた都市がますます要求されると予想されるからである。では具体的に我々の住むカオス的都市環境はどうか。現在のように個人的住まいの周りにいきなりメトロポリスとも呼ぶべき大都会があるような状況がこのまま継続されることは許されまい。通常の人問にとって物理的にも精神的にもストレスのたまり易い状況は、成人以外の弱者である老人や子供にとっては危険極まりない環境であるに違いないからである。
昔のコミュニティーを思い出せばすぐわかるが、古き良き時代には個と大集落の間をつなぐものとして「界わい」があった。この中では住民たちは安心して住むことができたし、少なくとも小さな子供にとっては原風景を形成することができた。欧米で言うところの「ネイバーフッド」、「近隣」は、もともとあるまとまった特徴を共有した地域を意味するものであるが、「界わい」はそれにもう少し東洋的な五感的一晴報を加味した響きがある。言い換えるならば、「界わい」は人問が実存的に身体的環境に働きかけることのできる唯一の手だてであるということである。*5
人問を含めあらゆる動物は「場」の記憶や経験を意識や行動にすり込むことによって、ある環境を自分の中に取り込み、いわば内的「界わい」を形成する。その事によって精神的安心を得るわけだが、それを容易にするためにもそれに対応した外的「界わい」はうまくデザインされ、特徴のあるアイデンティティーが形成されなければならないだろう。
現在、行政によって行われている用途地域指定などと全く違うレベルで内的「界わい」の地図を各々の都市住民が意識の申に抱えているに違いない。これらをうまく顕在化してゆき、「電縁」都市における「身体性」を確保するのも我々建築家の重要な仕事である。具体的には、「インターベンション」を行うことにより、アイデンティティーの感じられる「界わい」が自然形成される様なきっかけを与える事が肝要である。
結果として「界わい」がモザイク状にパッチワークのように広がった都市のイメージが得られると予想されるが、より自然な形での将来的ビジョンとしてその可能性に期待したい。
悲観的状況をこえて
以上のようなことを考えながら、私自身、独立した設計活動を1O年近く続けてきた訳だが、反省すべき点もあれば、かえって予期せぬ効果に驚かされる場合もあった。特に近隣や敷地からの形態制限を根拠にデザインされた建築が、何年か後に初期条件の変更を経験し、建物のデザイン自体がその存在意義(レゾンデートル)を失ってしまうことを多々経験した。東京の場合は、都市コンテクストが目まぐるしく変わり得るから、何か違うもっと普遍的なものを根拠にデザインを進める必要があるに違いない。私自身は「インターベンション」そのものについては、決して新しい概念だとは思っていない。しかし、現代のように同世代の建築家たちがあまりに都市のビジョンについて真面目に議論していない状況であるからこそ、新しい形での「都市介入」の方法論が求められていると思うのである。
最後に、もう一度再確認を行なおう。混沌で無秩序な現代都市(具体的には東京)に対し、無関心を装うか、積極的に関わりあうかの択一的な選択が今、我々建築家には求められているが、私は後者でないものは建築家をやめるべきだとさえ思っている。主として単体を扱う我々建築家が今後現代都市のアーバンデザインに積極的に関与できる点があるとすれば、さしあたって建物のインフィルによる地区の活'性化、ストリートエッジの回復による道路の「図」化、余剰空問の再活用などを挙げることができる。これらはすなわち、我々が都市に積極的に介入(インターベンション)することによりインパクトを与え、何のポリシーも無い都市発展の流れを変え、ひいては都市に生きる人々のための新たな「界わい」を育成するための努力そのものにほかならない。大変ではあるが、そうした作業を越えたところに初めて新しい都市のビジョンが見えてくるのではないだろうか。



*1>>これに呼応する形で磯崎新が「都市への抗い」を羊張しているが、京都の様に伝統的コンテクストが強い都市には有効であるが、東京には抗う程の対象が存在しない。

*2>>これについては、建築ジャーナリズム、大学教育、建築士教育のシステムの中に多いに反省すべき点があると思っている。

*3>>一般に、アングロサクソン系の人々のランドスケープや環境に対する美意識には格段に優れたものがあり、我々の追随を許さないところがある。特に、ボストンの町並みやランドスケープをよく見てみると、時間というファクターをうまく計画に織り込み、あたかも計画がされなかったかのような錯覚を覚えさせる程、自然に見せている点は心憎い程である。日本の計画は一般に性急であることもあってか、計画されたところと自然発生的なところの差が極端であって、かえって窮屈さを感じさせることが多い。

*4>>恐らく「インフィル」型に近い都市ヴィジョンとなるであろう。

*5>>磯崎新は「界わい」について非視覚化された諸システムを内包する空間としている。
   「空間へ」(磯崎新1984美術出版社) pp127

「Interventions(都市への介入)」(1996年光星舎 ) より

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